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佐保会兵庫県支部 楪の会 

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文学(古典)講座  和泉式部日記ー忍びの恋ー

講師 柳瀬あや子氏
平成29年7月27日(木)13:00~15:00
於 神戸市勤労会館

 久しぶりの古典講座でした。暑い日ではありましたが、古典ファンが12名集まりました(講師を含めて13名)。忍びの恋と副題がつけられているように、1000年前の甘美な恋の世界に誘っていただき、わくわくするような展開と雅な和歌の数々にふれて、しばし暑さを忘れたひと時でした。お話の概要を記します。

 和泉式部(978年頃生、没年は不明)は、受領階級(国司、県知事のような役職)である大江雅致の女(むすめ)で、夫の橘道貞も有能な受領階級の役人であり、和泉守、陸奥守等の国司を歴任した。夫と共に和泉国に赴いたこともあり、和泉式部の名はここからきている。才能ある歌人として知られ、 1549首もの和歌が残されている。
 紫式部(少し年上)は彼女を評して、次のように述べている。「和泉式部という人はその方(漢詩)の素養のある人で、和歌はたいへん趣深い。口に任せて詠んだものなどに必ず趣ある一節で目に留まるものが詠み添えてあります。でも、他人の歌の批評の様子からみて(中略)、こちらが恥ずかしくなる位の歌人だとは思われません」(「紫式部日記」)。
 和泉式部と冷泉天皇の皇子である為尊親王との恋が始まるが、為尊親王は1年位で病没。そして翌年、為尊親王の弟宮である敦道親王(帥宮)との贈答歌が交わされる。日記はここから始まっている(和泉式部26歳)。
 
「和泉式部日記」の主題は、つれづれの思い、複雑な翳を帯びた忍びの恋である。
1.恋の発端から、和泉に関する世間の噂で生じた宮の不信により、動揺の多い期間(4月から9月末)。
 帥の宮から贈られた一枝の橘の花の返歌に、
 「同じ枝に鳴きつつおりし時鳥声はかはらぬものと知らずや」と和泉式部が詠み贈ると
 「薫る香によそふるよりは時鳥聞かばや同じ声やしたると」と求愛の和歌が届けられる。
2.和泉の真の姿を知った宮と気持が寄り添い、愛に満ちた歌の応答がみられる期間(10月初から12月)
3.宮邸入りして以後の期間(12月18日から)。歌が全く姿を消して散文的世界。
 緊張した「忍ぶ恋」のかたちがなくなることにより、日記は完結する。
 日記は帥宮の逝去(1007年)後間もなくに、帥宮との恋への挽歌の思いを込めて書かれたものと思われる(「和泉式部続集」に帥宮挽歌群が詠まれている)。

 今回の「和泉式部日記」に加えて、「和泉式部集」「和泉式部続集」(岩波文庫)もぜひ読んでみてくださいとお薦めがありました。 

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by yuzurihanokai2 | 2017-08-06 17:57 | 文学