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佐保会兵庫県支部 楪の会 

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食文化講座 「兵庫県の行事食と次世代に伝えたい料理」

2019(令和元)年627日(木)13~15時  於 神戸市勤労会館

講師 片寄 眞木子氏(S36家食)


梅雨入りした近畿地方に、熱低が台風に変わって近づくとの予報で朝から生憎の雨模様でしたが、13人の参加者でした。

平成2123年度に、日本調理科学会特別研究として「調理文化の地域性と調理科学― 行事食・儀礼食」と題した、行事食や儀礼食についての知識や経験についてのアンケート調査が全国の学生と一般人を対象に行われました。その時のアンケート(記入箇所多い)に、佐保会兵庫県支部の方々のご協力をいただき、詳細な回答をいただきましたので、調査の結果をご報告してお礼に替えたいとのメッセージがありました。

1. 全国集計のまとめ 日本調理科学会誌 44巻, 6号, 2011年.  渕上他

  24,858名(うち、学生は53.9パーセント)

●年中行事(17行事)の認知度および経験の有無

  認知度90パーセント以上のの行事(101.pngは経験も)は、学生ではクリスマス101.png 、大晦日101.png、正月101.png 節分101.png、お月見、七夕で、一般では正月101.png、クリスマス101.png、大晦日101.png、土用の丑、冬至、節分、お月見であった。

●通過儀礼(13儀礼)の認知度および経験の有無

  認知度90パーセント以上のの行事(101.png は経験も)は、学生では誕生日101.png、七五三101.png、成人式、葬儀で、一般では誕生日101.png、七五三、成人式、葬儀101.png、婚礼、法事、結納、長寿祝、出産祝、初誕生(お七夜、厄払いを含む全てを53パーセント以上が経験)。

●行事食・儀礼食の購入や外部化が進んでいる。

2.「兵庫県における行事と行事食の伝承(認知・経験と世代間比較)日本調理科学会誌 50巻, 5号, 2017年.  田中他

兵庫県居住者647名(学生379名、親世代220名、祖父母世代48名)について行事の認知と経験の有無をクロス集計し、統計検定を行った。

結果の要約:●正月、大晦日、クリスマス、節分は世代間差が小さく、広く認知・経験されている。雑煮、ケーキ、巻きずしの喫食経験は100パーセント近い。   ●上巳(桃の節句)、土用の丑、七夕などの行事は認知度が高いが学生の経験度は低い(鰻蒲焼の喫食経験は高い)。七夕は認知・経験の世代差は小さいが、経験が少ない行事である。   ●お月見、人日(七草粥)端午、春分、冬至、秋分は、認知度は高い傾向だが、学生の経験度は低い(月見団子、七草粥、柏餅、かぼちゃの喫食経験は70%台)。学生たちに経験させることが伝承につながる。   ●盂蘭盆、秋祭、春祭、重陽の認知度は低く、経験度も低い。すたれつつあると言える。


次に、平成24~25年度に行われた「次世代に伝え継ぐ 日本の家庭料理」についてのお話がありました。

昭和3040年代に、日本の各地の家庭で作られていた日常の料理や行事食を、聞き書きにより収集するという調査です。兵庫県では9地域(但馬、丹波、北播磨、中播磨、西播磨、東播磨、神戸、淡路)を調査して、次世代に伝え継ぎたい兵庫県の家庭料理約100点を選出し、それらを再現して写真撮影を行いました。

兵庫県は日本海と瀬戸内海の沿岸部、山間部、平野部、島など様々な地形と自然条件をもつ地域で構成され、また、神戸のような文明開化の先進地である大都市部も擁して多彩な食文化が培われてきました。地域特有の野山海の幸を生かした料理や外国文化の影響を加味した多彩な料理の数々が、スライドで紹介されました。

全国47都道府県のこのような料理がジャンル別に分類され、『伝え継ぐ日本の家庭料理』全16冊(別冊うかたま・農文協)として刊行されています(20172021。既刊のものは、『すし』『肉・豆腐・麩のおかず』『小麦・芋・豆のおやつ』魚のおかず』『野菜のおかず』『炊き込みご飯・おにぎり』『米のおやつともち』の7冊です。料理の写真とレシピ、背景を描くエッセイが詳しく書かれているのが特徴といえましょう。

日頃よく目にしたり、味わったりする料理や、まだ知らない料理も見せていただいて、ぜひ、一度味わってみたい、作ってみたいと思いました。

兵庫県の風土や文化が生み出した郷土料理を、できるだけ多く次の世代に伝えていきたいという気持が強くなりました。

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# by yuzurihanokai2 | 2019-07-07 22:59

バスツアー 生野銀山 生野街歩き


2019425日(木) 9:0017:15   

 あやぶまれた天気も、集合時は曇りに、午後からは晴れでした。


900 三宮東急レイホテル前を出発し、バス(山陽バス中型)は中国縦貫道、福崎から播但連絡道路を走って

1045 生野銀山に到着しました。生野銀山職員に鉱山資料館を説明いただき、その後40分かけて坑内を歩き、吹屋資料館も見学しました。

1230-1320 古民家を利用したカフェーショップ(芒種)で、昼食・歓談しました。

1330 ガイドさんの案内で、二班に分かれ、口銀谷(くちがなや)町を散策しました。生野義挙碑、寺町、旧生野鉱山職員宿舎(志村喬記念館としてオープン)、トロッコ道、井筒屋など。

1530 生野を出発。  1715 三宮到着。

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     参加者の集合写真


生野銀山は大同2年(807)に発見されたと伝えられ、室町天文11年(1542)には山名祐豊時代に銀鉱脈の本格的な採掘がはじまりました。織田・豊臣の各時代を経て、江戸時代に幕府が「銀山奉行」を設置、その後「生野代官」が置かれやがて、生野銀山の最盛期を迎えました。

明治元年、政府直轄鉱山となった生野銀山にフランス人技師ジャン=フランソファ・コワニェが着任し、軌道や巻揚機の新設など数々の先進的施策により、めざましい近代化を遂げました。

明治22年には宮内省御料局の所管へ移され皇室財産に。次いで明治29年に三菱合資会社へ払い下げられ、国内有数の大鉱山として稼行しましたが、昭和48年に閉山し、長い歴史に幕を閉じました。


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史跡生野銀山:近代坑道「金香瀬抗(かながせこう)」を観光坑道として公開している。近代的坑道にそって、人が這って通った江戸時代の坑道に狸掘りの生々しいノミ跡や鉱脈をみることができました。

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芒種の昼食:オードブル、手巻き寿司と味噌汁、食後のコーヒーでした。芒種とは芒(のぎ)のある穀物や稲や麦など穂の出る穀物の種をまく季節ということ(2019年は66日および夏至までの期間)。


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ボランティアのガイドさん:播州弁で、わかりやすく楽しく説明してくださいました。口銀谷街は落ち着いた街並み、平日だったせいか?人影がないのが印象的でした。


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生野書院:材木商の邸宅(大正期)を改修したものです。旧家の面影を残す資料館として生野銀山の古くから栄えたことを伝える貴重な資料や書画を保存・展示しています。




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もう一人のガイドさん:寺町通の東西寺の前で説明されています。宗派の異なる8つの寺が連なった地区を寺町といいます。劣悪な作業現場で働いた坑内作業者の多くが短命であったこと、鉱山に全国各地から大勢の人が集まったためいろいろな宗派が生野に必要だったことなどが、寺町形成の由来とされています。




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来迎時の芭蕉翁蓑塚:完成8年(1796)、俳人松岡青羅(せいら)が生野行脚の際に、芭蕉の古蓑のこぼれを弟子の青青庵竹也に与え、同門の弟子たちとともに建立したもの。松尾芭蕉の蓑塚は全国に4カ所つくられ、そのうちの貴重な一基です。




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カラミ石 100年前の資源リサイクル」ともいえるもので、町内のいたるところで、建物の土台や屏などの 素材として活用されています。鉱石を溶かして金属を取り出す精錬の過程で、重い金属は下に沈み比重の低い岩石の成分が上に浮きます。その浮いた成分がカラミで、冷えて固まったものがカラミ石です。生産量が少ない当初は そのまま捨てていたのが、生産量の増加とともに捨て場所に困るようになり、箱形の容器で整形して売り出しました。




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トロッコ道:1920年金香瀬坑道から支庫(旧駅)まで市川沿いに、鉱石輸送のための電車専用道が建設されました。1955年飾磨港までのトラック輸送が始まると、トロッコのレールは撤去され、貨物支庫(旧駅)も廃止されました。




佐渡の金山とならぶ生野の銀山、坑道内を興味深く歩きました。銀山で潤った豪商たちの造った街並み、ちょっとした小京都、静かな生野の街でした。八重さくら、シャクナゲ、新緑のきれいな季節でした、豊かな一日でした。

銀山坑道内は年間13℃、ちょっぴり寒く感じました。坑道を出たとき温かくホットしました。生野銀山は標高約600m、三宮に帰ってきてバスを降りたときは「暑い!」、上着を脱ぎました。温度差をしっかり感じた一日でした。




# by yuzurihanokai2 | 2019-04-28 15:45 | バスツアー

ピアノとチェロの演奏会

 
 2019年3月28日(木) 11:30~15:00 於 ドンク 岡本グルメ館 3F
 参加者24名
 演奏者:ピアノ~松尾紗里氏(まつお すずり) 
     チェロ~池村佳子氏 (いけむら よしこ)
 当初はピアノ演奏会として案内しましたが、松尾紗里氏の憧れの大先輩のチェリストの池村佳子氏に敬意を込めてピアノとチェロの演奏会としました。
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 演奏者二人は兵庫県立西宮高校音楽科、京都市立芸術大学の先輩(池村氏)、後輩(松尾氏)の関係です。
 演奏曲はプーランク:愛の小径  プーランク:ピアノとチェロのためのソナタより第1楽章(行進曲のテンポで)  第3楽章(舞踏曲)   フォーレ:エレジー
 ショパン:ノクターン 第18番 ホ長調(松尾氏のピアノソロ)  
 ショパン:序章と華麗なるボロネーズ
 アンコール曲は サン・サーンスの白鳥 でした。

これらの曲は3月31日に二人によるデュオ・リサイタル曲目の一部だそうです。
参考に、その案内パンフレットを載せておきます。
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 若い二人の気持ちのこもった演奏を最前列で聴き、チェロの指使いまでよくみえ、今までみたことのない手法の音のだし方もあり、驚きました。
メリハリのきいた演奏で、チェロとピアノの音が相まってきらびやかで、ある時は激しく力強く、ある時は郷愁にあふれていて、心豊かにすごせたひと時でした。
 1時間ほどの演奏の後は食事会で、歓談をしながら楽しい時間を過ごすことができました。




Moreつづく
# by yuzurihanokai2 | 2019-03-29 00:06 | コンサート

福祉講座  口腔衛生―若さと健康を保つため

2019年2月28日(木) 13:00~15:00  於 神戸市勤労会館
講師 田村 照美 氏  ㈱丸ふくケアセンター代表取締役
   主任介護支援専門員、社会福祉士、精神保健福祉士、歯科衛生士

 朝からの雨でしたが、15名の参加者でした。
昨年3月の「高齢者介護」に引き続き、今回は「口腔衛生」のお話で、いつまでも美味しく食べるためのお口の健康術について、パワーポイントを使い、実例も挙げながら詳しく話していただきました。

 健康長寿のための第一のポイントは、栄養と口腔機能(オーラルフレイル予防)であり、歯の本数を保って、口腔ケアをすることが大切である。
♦健康なお口を保つには、口腔ケアで歯石や虫歯を予防
 歯ブラシ(ナイロン毛、毛の平らなもの、約1カ月で交換)、 歯磨き剤(フッ素入 
 り)、正しいうがい(左右、上下をしっかり)、 歯間ブラシ(サイズを合わせる)、
 フロス(輪っかを作ってまわす)など。舌苔もやさしく清掃。唾液分泌を促す。
♦誤嚥性肺炎を防ぐ
 食べ物や唾液が誤って気管へ入らないために、防御の役割を果たす声帯を鍛える・・・・会
 話、カラオケ、コーラスなど
 舌を動かす・・・・パ・タ・カ・ラ、あ・い・う・べ体操
 口の筋肉をほぐす体操。顔全体の筋肉を使って早口ことばを言う(顔トレ)・・・・アエイウ
 エオア、カケキクケコカ、サセシスセソサ、タテチツテトタ・・・
♦チェックリスト
 1.食後に歯を磨く  2.歯磨きで出血  3.味がわからない  4.口臭が気になる
 5.口の渇き  6.食べ物がこぼれる  7.かたいものが食べにくい 
 8.口の中に食べ物が残る  9.食べ物が飲み込みにくい  10.食事中にむせる
♦美味しく食べるお口の健康術
 1.丁寧な歯磨き(歯ブラシ、歯間ブラシ、フロス使用) 
 2.口内の汚れを洗い流す(洗口剤など)
 3.糖の摂取を控え、栄養バランスのよい食物をよく噛んで食べる
 4.免疫力を落とさない(睡眠不足、過労、ストレスを避ける)
 5.声を出す(会話、歌う等)
 6.歯科医院で定期的にチェック

各々に歯ブラシのプレゼントもいただきました。日頃怠りがちな口腔ケアをしっかりやることと、おしゃべりや歌で声を出すことの重要性を再認識しました。

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# by yuzurihanokai2 | 2019-03-03 22:36 | 健康

小磯良平没後30年の特別展

  平成301122日 1300~   小磯記念美術館  23名参加

  ≪画像は展覧会のパンフレットや受付にあった小冊子からのものです≫

季節の変わり目で、日によって寒暖差が大きい時候ですが、この日は温かい一日でした。

 美術館は六甲ライナーのアイランド北口駅すぐのところにあります。美術館前には柔らかな日差しの当たっている並木道に秋を感じました。受付をすませ、学芸員の説明を聴きました。


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洋画家の誕生

 小磯良平は1903年、神戸で生まれた。三田藩の旧家の岸上家の次男だが、小磯家の養子となったこの時かかわったのが小寺謙吉である。三田中学(現在の三田学園)を開校した人物。神戸第二中学校では、詩人の竹中郁と生涯の友を得た。

東京武術学校の西洋画科に入り首席で卒業した。在学中の1926年に「T嬢の像」で帝展で特選を獲得。学校では応募を禁止したが別名で出展したそうな。学校名を出していたら選ばれなかったとか。


自画像 1926

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 T嬢の像 1926
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西洋美術との出会い
 竹中と大原美術館を訪れ西洋画に触れ、感動しあこがれを持った。

1928年フランスへ留学。ルーブル美術館などで西洋画を見るのに明け暮れたという。そして自分は、西洋画を追及し挑戦することとした。


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憧れから挑戦へ
 ヨーロッパで研鑽を積んだ彼は、抜群のデッサン力が光る人物画を多く描く。布の質感表現や光の表現に西洋絵画を十分に想起させ、その技量を発揮している。

 踊り子1940

小磯良平没後30年の特別展_b0211836_08533089.jpg      桃とクルミのある静物1939

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戦時下の大画面群像

1938年、藤田嗣治らとともに従軍画家として中国にいき、帰国後戦争画を制作した。そして群像表現を深めた。


  練習場の踊り子たち 1938


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 娘子関を征く1941

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斉唱 1941

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1944 谷川大尉像
 谷川大尉の戦死後、実家がある大阪市の関係者から肖像画制作を依頼された小磯が、遺影を元に遺族に贈ったとみられる像画は遺影と思い大事にされてきたが、遺族で話し合った結果今年7月に美術館に寄贈された。遺族は、「戦争を繰り返さないためにも多くの人に見てもらいたい」と話す。 (先日テレビで放映されていた。)


戦後の新たな挑戦

 働く人びと 1953

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 麦刈り1954

小磯良平没後30年の特別展_b0211836_08592978.jpg母子像1953

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かぼちゃのある静物  1957

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御影の風景 1986
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 1950年(昭和25)年から母校東京藝術大学で教鞭をとるようになる。後進の指導の中で時代の流れを無視することもできず、幾何学的な線描や原色を多く用いた作品を描いている。



アトリエ

1949年、住吉山手に建てられたもので、この美術館の中庭に移築されるました。中に入りると、彼の制作の様子が想像できるます。窓からの光が入り彼が追及した絵の陰影が得られそうです。 



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# by yuzurihanokai2 | 2018-12-07 20:30 | 美術鑑賞